コラム
黒字なのに手元に現金がない?『キャッシュ分岐点売上高』の考え方

黒字なのに手元に現金がない?『キャッシュ分岐点売上高』の考え方

※このコラムは「三井住友カードBiz」2026年10月号に掲載されます。


損益分岐点売上高という言葉をご存じでしょうか?これは企業が損失を出さないために必要な売上高のことですが、今回はそれをさらに発展させたキャッシュ分岐点売上高について解説いたします。


【1】損益分岐点売上高の算式と具体例

損益分岐点売上高は「固定費 ÷ 限界利益率」の算式で計算することが出来ます。固定費は家賃など売上が上がっても変わらない費用、限界利益率は売上高を100としたとき、原価など売上に連動して増減する費用を30とすると限界利益70、すなわち70%が限界利益率となります。


具体的計算例

限界利益率 70%(原価などの変動費30%)
固定費 3500万円(家賃など売上が上がっても変わらない費用)


上記の条件で計算すると
3,500万円 ÷ 70% = 5,000万円
5,000万円が損益分岐点売上高となります。


ちなみに決算書のイメージは下記のようになります。


売上高 5,000万円
売上原価 1,500万円(変動費率30%・売上原価は全て変動費とします。)
売上総利益(限界利益) 3,500万円
販売費及び一般管理費 3,500万円(全て固定費とします。)
営業利益 0円


【2】損益分岐点売上高の算定手順

損益分岐点売上高は、下記の手順で算定します。


(1) 変動費と固定費に分ける
決算書に記載されている費用を変動費と固定費に分けます。その際、売上原価や販売費及び一般管理費も勘定科目一つ一つ確認して分けていきます。一つの科目に変動費と固定費が混じっている場合は経理の方や会計事務所に依頼して補助科目などを作成してもらい区分すると良いでしょう。


(2) 変動費率・限界利益率を算出する
変動費を合計し、売上高で除して変動費率・限界利益率を算出します。商品やサービスによって変動費率が異なる場合は、商品等ごとに変動費率を出しておいた方が後々のシミュレーションの際に有用になります。


(3) 損益分岐点売上高の算定
費用のうち固定費を合計し、(2) で計算した限界利益率で除して損益分岐点売上高を算定します。商品等ごとに限界利益率を算定している場合は、販売構成を変えた場合の収益性や売上目標のシミュレーションにも活用できます。


【3】キャッシュ分岐点売上高の必要性と算式

損益分岐点売上高が損失を出さないための売上高だとすると、キャッシュ分岐点売上高は現預金を減少させないための売上高を言います。損失が出なかったとしても別途借入金の返済がある場合は現預金が減少します。一方で減価償却費は現預金の支出を伴わない費用なので損益が0でも現預金が増加するケースがあります。キャッシュ分岐点売上高は、企業の存続に最も大事な要素であるキャッシュを減らさない売上高を算定するものです。


算式としては


(固定費+借入返済額-減価償却費)÷ 限界利益率 と、損益分岐点売上高の算式に「+借入返済額-減価償却費」が追加されている形となります。


ただし、借入返済額が減価償却費よりも多い場合、法人税の納税を計算に入れないといけません(借入金の返済は経費になりません)ので、最終的な算式としては


(固定費+(借入返済額-減価償却費) ÷ (1-税率))÷ 限界利益率


となります。


ちなみに決算書のイメージは下記のようになります。(2パターンあります)


(1) 借入金の返済額が減価償却費より多いケース


(前提条件)
・限界利益率 70%(変動費率30%)
・固定費 3,500万円(うち減価償却費510万円)
・借入金の年間返済額 1,000万円
・法人税の税率 30%


PL
売上高 6,000万円
売上原価 1,800万円(変動費率30%・売上原価は全て変動費とします。)
売上総利益(限界利益) 4,200万円
販売費及び一般管理費 3,500万円(全て固定費。うち減価償却費 510万円)
営業利益 700万円
法人税等 210万円
税引後利益 490万円


CF
税引後利益 490万円
減価償却費 510万円
借入金の返済 -1,000万円
現預金の増減 0円


(2) 減価償却費が年間の借入返済額より多いケース


(前提条件 ※借入金の年間返済額だけ変更しています)
・限界利益率 70%(変動費率 30%)
・固定費 3,500万円(うち減価償却費 510万円)
・借入金の年間返済額 300万円
・法人税の税率 30%


売上高 4,700万円
売上原価 1,410万円(変動費率 30%・売上原価は全て変動費とします。)
売上総利益(限界利益) 3,290万円
販売費及び一般管理費 3,500万円(全て固定費。うち減価償却費 510万円)
営業利益 -210万円
法人税等 0万円
税引後利益 -210万円


CF
税引後利益 -210万円
減価償却費 510万円
借入金の返済 -300万円
現預金の増減 0円


【4】キャッシュ分岐点売上高の算定手順


(1) 損益分岐点売上高の算定手順
上記【2】にある損益分岐点売上高の算定手順の通り、まずは損益分岐点売上高を算出します。


(2) 減価償却費と借入金返済額の把握
決算書や借入金返済表を確認し、減価償却費や借入金返済額を把握します。減価償却費以外に支出を伴わない費用がある可能性があるので、その点を経理の方や会計事務所に確認するとより正確に算定ができます。


(3) キャッシュ分岐点売上高の算定
上記(1) (2) を先ほどの算式に当てはめます。税率については法人の種別や所得状況によっても異なるので、これも会計事務所に確認すると良いでしょう。


【5】目標キャッシュ売上高
企業は永続的に存在・発展していくものとした場合、大規模な設備投資のための資金や急激な業績悪化に備えるための運転資金を準備しておく必要があります。そのためには毎年のキャッシュがトントンではなくある程度増加させていく必要があります。目標キャッシュ売上高は、キャッシュを◯◯円増やしたい場合の目標売上高を算出する方法です。


算式としては、


(固定費 + (キャッシュ増加目標額 + 借入返済額 - 減価償却費) ÷ (1-税率))÷ 限界利益率


となります。


決算書のイメージは下記のようになります。(キャッシュ増加目標額 + 借入返済額 > 減価償却費のパターン)


(前提条件)
・限界利益率 70%(変動費率 30%)
・固定費 3,500万円(うち減価償却費 510万円)
・借入金の年間返済額 1,000万円
・法人税の税率 30%
・キャッシュ増加目標額 490万円


PL
売上高 7,000万円
売上原価 2,100万円(変動費率30%・売上原価は全て変動費とします。)
売上総利益(限界利益) 4,900万円
販売費及び一般管理費 3,500万円(全て固定費。うち減価償却費 510万円)
営業利益 1,400万円
法人税等 420万円
税引後利益 980万円


CF
税引後利益 980万円
減価償却費 510万円
借入金の返済 -1,000万円
現預金の増減 490万円


【6】目標キャッシュ売上高の算定手順
(1) キャッシュを増やす目的を考える・計算する・共有する
単純にキャッシュを増やしたい、では幹部や社員はついてきてくれません。キャッシュを増やす目的が一番大事です。


例えば


・将来の設備投資としての資金(◯年後に◯◯円など)
・業績が急激に悪化した場合の運転資金の確保(売上の2~3ヶ月分が一般的ですが、コロナのこともありましたので、業種によっては6ヶ月分、というのも悪くないと思います)
・役員退職金の原資の確保
・事業承継のための自社株の買取資金


などが考えられます。そしてその目標・課題を幹部職員と共有することで、より実効性を高めることが出来ます。


(2) 目標キャッシュ売上高の算定
上記【4】で計算したキャッシュ分岐点売上高に(1) で計算した目標キャッシュ増加額を足して目標売上高を算定します。


【7】「売上1,000万円増」=「キャッシュ1,000万円増」ではない
なお、上記【5】の例だと490万円のキャッシュを確保するのに1,000万円の売上増加
(6,000万円 → 7,000万円)が必要でした。
これは下記の算式で表すことが出来ます。


目標キャッシュ増加額 ÷ (1-法人税率) ÷ 限界利益率


490万円 ÷ (1-0.3) ÷ 0.7 = 1,000万円


なので、キャッシュを1,000万円増やしたい場合は


1,000万円 ÷ (1-0.3) ÷ 0.7 ≒ 2,040万円


約2,040万円の売上増加が必要、ということが簡単に計算できます。


(なお、設備投資と事業規模拡大による運転資金の増加などは考慮しておりませんので、適宜考慮が必要です。)


キャッシュは企業を巡る血液と言われています。これがないと黒字でも経営破綻することがあります。では企業を永続的に維持発展させるためにはいくらの売上が必要なのか?上記の算式を使って是非計算してみてください。

 

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